プラズマ

(2025冬に書いた下書きをひっぱりだしてきました)

 

はじめて、冠婚葬祭の葬(身近な人)を経験したので素直な感想を一応記録してみる。

なお、私は本当に倫理観が欠けた世間知らずの人間なので、偶然このブログを目にしてしまった正しく生きている皆さまは読まないで下さい。

 

祖父が他界した。

御年90超の太長人生だが、それでも急逝とされているようだ。

 

幸せなことに喪服を持ってすらいなかったので、金欠社会人四年目は通夜当日に田舎のしまむらで仕入れた。

最初調べたときは、あまりの服装ルールの多さに顔をしかめたものの

真っ黒な装いに身を包み、髪をお団子に結わえる自分は、なんだか無駄がないというか。

 

普段、この服が可愛い この髪型が可愛いとあれこれ組み合わせた結果、理想とのギャップに打ちのめされ嫌になってしまう そんな感覚がかなり多い。対して、喪服は美のお手本が礼儀だから、ルールが決められてるのも悪くないなーと思ったのでした。

 

まずは祖父母の家に行き、祖父の顔を見る。

「寝てるみたいでしょ?」とテンプレなことを言われたが、余裕で亡くなっていた。寝てるようには絶対見えないな。

 

あと、「可哀想やろ?」と何度も言われたが、90超えで家族に看取られた祖父がそんなに可哀想なのかもよくわからなかったし、本人の前で言うことか?と思ったので大体無視した。これは、死を悲しいものということにしたくないという防御反応?

 

特に他やることもないので舐めるように見ておき、お通夜へ。お通夜の記憶はあまりない。集まりまくった遠い親戚に挨拶して、挨拶して、挨拶してまいりますをした。

相手が誰かわからないがとりあえず遠い親戚であることだけわかってるので、それっぽくこなすことに専念。だって、挨拶はしたいけど、話すことは大してないもんね?みんな、これを乗り越えて本当にすごいね。

 

自分的に色々勉強になったのは次の日の葬儀、火葬以降。

何回やんねんという焼香を経て、火葬に入るタイミングで皆さんが大声で祖父に語りかけながら泣き始める。

読経の時皆あんなに眠そうだったのに・・

とその時はひとりごちたものだが、火葬に入るタイミングでこれはなるほどと思わされた。

大体皆さんご存知と思うが、センターオブジアースで乗るようなエレベーターに最後はしまわれ、扉はあっけなく閉じ、次に出てくる時は灰と骨だ。

確かにこの儀式は祖父の死に顔をみたときよりも遥かに衝撃的だった。

だって遺骨ってもう袋に入った状態でもらうものだと思ってたから。

※本当になにも知らなくてごめんなチャイナ

さっきなで回した身体が灰と骨になってジャジャーンと登場するなぞ、私のような世間知らずは思わないわけですよ。(これは地方により登場形態が違うぽい)

なので、そりゃあ最後の瞬間は取り乱すわなと思った。

学び。

 

火葬、あのエレベーターに乗っていくのやだなあ。一人でジェットコースター上ってる感じ。人間、いくらみんなで見送っても本当のさいごは一人だね。そこに心があれば

 

あと、火葬前に叔母が何度も「お父さん、ごめんなぁ、ごめんなぁ」と泣きながら呼び掛けていたのも印象的。元ヤンだからね。さいごに声をかけられるなら娘に謝られたいものかしら。

とはいえ、私は目の前の祖父のからだに祖父の魂を感じることも難しかったので、個人的にはこういう儀式は遺される側のためにやるものだと解釈しており、エゴエゴな言葉をかけて問題ないと思う。

 

収骨室の天井デザインも印象的だった。

これは葬儀場によって全然違うと思うが、大きなテントのような天井をしていて

なんとなくここは特別な境界線の場所なんだなーと直感的に思えた。

 

まあそんなところですかな。

葬儀ってやること多いし全部必要なのか?と思うものもあるけど、わざと手間ひまかけて弔いながら遺される側の気持ちを整理させるものだよね。と前々から思っていたけど、改めて。

学びとしては、思ったよりも深く土に還るところまで見届けるのだというところ

 

 

ねむい

おやすみ

 

 

 

 

理想の死に方について

小さい頃から理想の死に方がある。

そこは、できれば明るくあってほしい。

目を閉じているけど、明るいことはわかる、そのぐらい。

自分の周りでは友人たちが楽しそうにお喋りをしていて、ラジオのようにそれを聴きながら、眠るように死んでいく・・・。

ちなみに、苦しかったとしてもある程度は仕方ないという割りきり方をしている。ここで重きを置いているのは、安らかなことでもなく、明るさでもなく、近くで人の声、あわよくば友人の声がすることだ。

 

この事を書いたのは特に病んでいるからというわけではない。そう、今日からGWがあけて仕事が始まるからって、健康診断で病院に行ってしんみりしたからって、そういうわけではない。

その理想のルーツを思い出したので、書くことにした。

 

それは小さい頃のキャンプの記憶に起源する。

幼少期の我が家といえば、キャンプに川遊び、釣りにハイキング、年一度のディズニー(ユニバの年もある)とアウトドア三昧。

両親の出会いがワンゲルだったので当然の遊び方だけれども、思い返せば友人家族とキャンプ、近所の人とバーベキューなどと、大人になった私には到底実行できない休日を過ごしていた。

 

その中でも私が好きだったイベントはキャンプの夜。ひとつめに好きだった時間、少し夜更かしをして大人の中にひとり混じる。会話に参加するでもないが、キャンピングチェアに座ってずっと星を眺める。ずっとずっと見れる。

ふたつめに好きだった時間、トイレに行くために抜け出す。あちらこちらにテントが点在して、それぞれの光がある。それは電球だったり、炎だったり。でも光のそばには必ず人がいる。コンクリートの壁がなければ、街でも同じことなので少し面白い。

みっつめに好きだった時間が、寝る時間。子どもたちより少し遅く、大人たちより少し早く寝る。テントの中では妹が爆睡している。外の焚き火の光が心地よくテントの中を照らしている。寝袋にくるまる。周りをザク、ザクと誰かが歩く足音がする。見知った大人たちの笑い声が聞こえる。活動と、睡眠の間で微睡む。うとうとして、ほとんど眠っている耳に、ジーーとチャックの音が入ってくる。大人の時間も終わったのだ。この時のチャックの音は、単純なジーーではない。テントのチャックは長く、たて、よこ、たてとなぞっていくから、辺ごとに違う音がする。大人も眠る、はず。山の静かすぎる静寂が気になる前にはとっくに深い眠りに落ちているのだ。

 

この、みっつめだ。理想の死に方は。

人は死ぬとき一人ぼっちという、このテントの夜も同じことだと思っている。

活動の仲間でもない、睡眠の仲間でもない(※妹は生きています)、私は一人ぼっちでどちらもを端から眺めている。

なのに心地いいのは、どうして。

答えは出ぬまま、自業自得で移り行く人間関係や、理想と身の丈、これからの可能性、衣食住、空の星たち、寝台列車について、書いては燃やし、書いては燃やし、

最期は灰になってハイさよなら

私立小学生男児

電車の連結部分で、ハンバーガーを頬張る少年がいた。

 

見たところ、小学校低学年といったところか。

茶色のブレザーを羽織って帽子を被り、四角ばった革の鞄をランドセルのように背負う姿は、

360度どこから舐めまわすように見ても

「私立小学校に通う男児」である。

 

彼は連結部分に立ちながら、運転手部屋と通路の間の、なんとも言葉にしがたい窪みを巧みに使い、

ハンバーガーセットを広げていた。

 

そう、なんと、セットなのである。

少年は、自分が異端なスペースに収まっていることを知りながらも、ハンバーガーのみらずフライドポテトまで頬張ってみせる。

悠長に壁に背中を預けながら、反対側の連結部分を遠く見つめ、プライドポテトを頬張ってみせる。

ジャンキーなその味は、少年にとってどんな存在なのだろう。

 

 

「まもなく、✕✕駅

 ✕✕駅」

ワシャワシャと紙の刷れる音を感じて顔を上げると、片付けに取りかかる少年の姿が見えた。

すべてのゴミを大袋に入れる。その際、なるべく小さくおり立たんで。そうすれば大袋も小さく畳むことができ、それは少年の四角ばった鞄に綺麗に吸収されていくことができた。

それは、どこで捨てるんだい。

 

電車のドアが開き、少年が降りて行く。

たくさんの人が降りていくなか、少しも迷う素振りはみせない。毎日通る場所なのだろう。

あっという間に少年の姿は大人に埋もれて消えていった。

 

まだあどけない少年の瞳に、フォーマルな制服。幼い少年に大阪の人混みを乗りこなす力を与えたのは、この制服なのだろうか。

わざわざ電車の連結部分でハンバーガーを頬張る少年。

店内で食べることと、連結部分で食べること、少年に意味があったのが後者だというなら。

 

 

 

ハンバーガーうまいもんねぇ。

 

 

 

さようならの準備

 

就職で東京のあたりに行くことが決まった。

就職活動はかなり手広い業種を見てやっていたと思うが、故に地域で絞るしかなく、地元である愛知県の企業を受けていた。

ある日、ひょんな出来事から「一個ぐらい東京受けてみるか~」と思って適当に応募したところ。

まさかのそこに入社することに。

 

どの企業に対してもそうだけれど、応募するときはあまり何も考えずに応募していたため、内定を頂くにつれて面接中企業と比較していく形式を取っていた。比較検討の結果、好きだな~と思った企業がそこだったのである。

まあ、就職活動についてはまた別で記事書いてみたいなと思ったり。

 

 

 

ともあれ。自分の中で東京に行く選択肢なんか全然思い描いていなくて、駄々こねる父親を諫めつつ、不安な気持ちを握りしめて内定の承諾をした。

これもこれでご縁ってやつだ。嫌な場所だったら辞めればいいし、気に入ればそこに落ち着けば良い。

私はきっと将来、友達が開いた喫茶店で、夜にビアバーをやっていると思うからね。

 

愛知という場所を、自宅という場所を離れるにあたって、さよならの準備をしなければならない。

部屋にある大量の年期入りのゴミを断捨離することもそうだし、友達に借りっぱなしのCD(もしかしたら、もらったのかもしれない。ジャニオタにありがちなやつだ)も返したい。あのこが置いていった折り畳み傘も返しに行ってあげよう。

それ以上にやらなければいけないのは、思い出たちとのさよならの準備だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きな喫茶店。自転車で昔何度も行った喫茶店に行った。庭が森のような、素敵な喫茶店で、フルーツサンドのモーニングをいつも一人で食べて本を読んでいた。喫茶店の帰り道には橋があって、その下を真っ赤な電車が通る。その様子をぼーっと眺めていた、あの頃の自分にさよならの準備をした。

 

 

 

車ですこし足を伸ばして、すこし大きいスーパー銭湯へ。今時人気の、漫画がたくさん置いてあるようなところではないけれど、岩盤浴もあって、なにより豊富な種類の露天風呂が大好きだ。高校生の頃、数学の授業がない日を狙って学校をサボっていた。うちの母は何を考えていたのかわからないが、特に咎める事はなかった。その代わり、布団に潜り続ける私を引きずり出し、この銭湯に連れていってくれた。母と他愛ない話をしながらぐでぐでになるまで大きな風呂に入ると、忙しい毎日に疲弊していた心がじんわりと溶けていく。さっぱりとした心でうどんを啜り、次の日にはまた元気に学校へ行く自分と、それを見守る母に、さよならの準備をした。

 

 

家の前の川の、土手にある階段も訪れた。両親と喧嘩をした時や、病んでいた時はいつもそこで座って星空を見上げていた。そこでうずくまったってどうにかなるわけでもない、それでもオリオン座を見つめながらただただそこにいた。最近はもう行くことはないな。親と喧嘩をして家にいたくない、なんてことがなくなったから。やれやれと受け流してしまって、反論をすることもなくなったってことかな。思春期の自分と、叱ってくれた母に、さよならの準備をした。

 

 

これじゃ足りない、全然足りない。

小さい頃たくさん登ったメタセコイヤの木にもお別れの挨拶をしたいし、公園のレジみたいな石(お店ごっこをするときは、専らそれをPOSシステムとして扱った)にもさようならを、田んぼのど真ん中の月がよくみえる場所でよくお月見をしたことも忘れてはならない。

 

ふるさとの事をとても愛している…なんてことはないけれど、

それらの場所と記憶は、わたしがわたしであることに、まっすぐと繋がってるんだから。

わたしという人間を作り上げた場所たちを、わたしという人間そのものを忘れないように、さよならの準備をするのだ。

 

ばいばい私のふるさと、「刑務所みたいな町だよ」って言ってごめんね。だって治安が悪いから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こころ

みんな、「わたし」ってどこにあると思う?

脳?心臓?それとも、お寿司とかかな(寿司が食べたい)。

「こころ」で検索をかけると、ハートや心臓の位置でそれを表したイラストがたくさん出てくる。バンドリの心ちゃんのイラストもめっちゃ出てくる。

 

でも、私は「こころ」っていうのは結局脳にあると思う。

脳が認知できなかったら感情も生まれないから。

心臓が動いていても、脳が止まっていたら、「わたし」もいないと思うから。

 

歳を重ねるにつれて身体が壊れていくのは仕方ないけど、こころが終わるのは嫌だなあと思う。

 

昨年の今日、母がくも膜下出血で倒れた。

床にのたうち回り、吐瀉物を吐き散らかす母を見て、

「あ、これもう駄目だ」

と最低な事を思った事を覚えている。

しかし、そんな大変失礼な事を思っておいてなんだが、母は奇跡的に一命を取り留めた。

最低なわたしは、

え、あの感じでも人の命ってなんとか繋がるんですか?医療って凄いな・・・。と、最低なことを思った。

ドラマの出来事じゃないんだからさ。素直に喜べばいいのに。

でもそのぐらい、私にとってはショッキングな映像だったんだと思う。それこそ、ドラマの出来事だと思いたくなるような。

 

母が一命を取り留めたところで、相変わらず意識はないままだった。

少しずつ回復していく可能性はあるが、どこまで回復するかはわからないと言われた。

勿論、一切回復しない可能性もある。

わたしはこの時、「ああ、やっぱり『母』は死んでしまったんだ」と思った。

どれだけ酸素を吸い込み、二酸化炭素を排出していても

思考も感情も持っていなかったら、そこに命のあたたかさは感じられなかった。

「きっと、良くなるよ、信じて待とう。」

父の言葉を素直に受け取れない捻くれた私が、心の中で葬儀を始めようとしたから必死になって止めた。

 

 

不思議な事に、自分が思っていた以上にするすると『母のいない日常』へと移り変わってゆくことができた。

母の手術が落ち着いた翌日には家の備品をリスト化したし、家電製品のお手入れもマスターした。この時にやっと、乾燥機のフィルターは毎回掃除しなければならない事を知った。そんなんやってらんねーしと思いながら普通の洗濯をして干したらタオルがバキバキになって、そのほとんどを雑巾に降格しそうになった。

母の事を想って夜中に一人で涙を流すような事もなく、「自分はなんて薄情な人間なんだろう」と静かに悲しくなったのを覚えている。

 

ともあれ。

驚くことに、母は持ち前のしぶとさで少しずつながらも回復に向かっていた。

まずは、目が開いた。次に、少しだけれど手が動くようになった。たまに車椅子にも乗せて貰うようになって、麻痺した身体の中でも動かせる部分を動かせるようになりつつある。

それでも私の中で母が「生きている」という実感はなかった。

理由としては、母からの意思が返ってこなかったからだ。

話しかけても、それに対して何かコメントをする訳ではないし、頷いてくれるわけでもない。

わたしたちの言葉を理解しているのか、「感情」と呼ばれるものがあるのか、それもわからない。

ほとんど面会も許されない私にとってはなおさら、母はいなくなってしまった存在のままだった。

 

 

ところがどっこい。

先日。本当に先日の事。

リハビリが順調に進み、看護師さんの手を借りながらであれば、字をかけるようになったという。

そこで父が尋ねた。

「私の名前、わかりますか?」

驚いたことに、母は、しっかりと父の名前を書いたそうだ。

「あなたの娘の名前は?」

わたしと、妹の名前もしっかり書いたらしい。

わかってるじゃん。

見てるじゃん。聞こえてるじゃん。理解してるじゃん。

私の中で、突然母が生き返った。

それと同時に、なんとも言えない気持ちが襲ってくる。

 

 

母が生きる事を直接的に選んだのは私だった。

倒れた後の数日間、何度か手術を行ったものの、母は容態悪化を繰り返し、もう助かる可能性はほとんどないと医者に告げられた。

 

そして、それでも次の手術をしますか、と私たちに選択権が委ねられた。

 

そんなもの、委ねられても困る。

 

様々な考えが駆け巡ったのか、父も妹も一言も発せずに泣いていた。

唯一涙を流していなかった私が言ったのだ。

手術をしてください、と。

こうして、私がその選択権を全面的に引き受けた。とんでもない重圧だった。

手術決行を決めたのは完全に私のエゴだった。

「あのとき手術をしていたら、お母ちゃんは生きてたのかな」と父が呟く未来が見えたし、それが嫌だったから。

その時点で「もう駄目だ」モードだった私にとっては、残された家族がより後悔なく生きてゆける道を選ぶのが一番必要だと感じたのだ。

この時点で私は諦めていたのだから、本当に最低だ。

 

 

 

こういった経緯があったからこそ、今静かに回復に向かう母を見て、私は責任を感じている。

家族の名前を覚えていてかけるなんて、私たちが予想していたよりも意識があるようだ。色々、考えられるってことだ。

なのに、それを表す方法がほとんどないし、身体は動かないし。

 

生きててよかったって、思えているだろうか。

死んだ方がマシだと思っていたらどうしよう。自分だったら後者のような気がするから、なおさら胃が痛い。

 

 

 

 

こころは脳にあると思うが、私は自分のこころがわからない。

なんで涙が出ないのか。どうして、素直に「きっと大丈夫」と思えないのか。

 

何も感じていないわけじゃない、と思う。

ICUに居る意識のない母に会った時、ピー、ピー、と無機質に連続する母の心臓の音を聞きながら目眩と酸欠で立っていられなくなり、その場をすぐに後にした。

心は平気なつもりでも、身体はSOSを出しているのだと思った。

 

泣いてる父と妹を見て、「わたしが頑張らなきゃ」って思ったのだろうか。

期待して、裏切られたくないから、最初から諦めた"ふり"をするのだろうか。

どちらも合っている気がするし、どちらもはずれている気もする。

 

 

私の脳は正常に機能しているのに、私は自分のこころがわからないのだから、やっぱりこころは脳にあるわけでもないのかもしれない。

 

それじゃあこころはどこにあるの。

あの日からちょうど一年が経った今、「こころ」について考える。

こころはどこにありますか。

思いっきり泣いたら、わかるのかな。

ゥチらの不思議な国

いわずもがな知れた、日本三大テーマパークというものがあります。

 

ディズニーランド、

ユニバーサルスタジオジャパン、

恵那峡ワンダーランド

 

ですね。

お恥ずかしながら私、その恵那峡ワンダーランドに行った事がなくて。

 

この度、行ってみましたとも。

きっかけは、友人と就活イベントに訪れ、ほぼ何もせず帰路についた時。

「ねえ、知ってる?」

地獄通信のような問いかけから始まった、恵那峡ワンダーランドのプレゼンテーション。

あまりにも個性的『すぎる』恵那峡の仲間達との出会いの瞬間は、忘れる事ができません。お気に入りの仲間達を中心に、当日の様子を振り返ってみましょう。

 

恵那峡ワンダーランドの魅力①:キャラクターが可愛くない

 

え?テーマパークなのにキャラクターが可愛くない?こう思いますよね。

ディズニーにも、USJにも愛しいキャラクターが居て、ディズニーなんかはそのキャラクターのためにお地蔵さんになる人がいるくらいなのに。

 愛くるしいキャラクターに翻弄される人間・・・それがゥチらな訳ですが、恵那峡ワンダーランドの愛くるしいキャラクターたちがこちら。

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顔が尻みたいな双子のわんこ

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握力凄そうなリス

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パンダと花みたいな赤ちゃんの狂気カップル

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知りすぎてしまった熊

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運動音痴そうなロボ

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恐竜

 

どうですか?皆さんの中にトキメキは芽生えましたか?私は芽生えました。

この感じがたまらないですよね。

彼らがアイデンティティとしてる様々な部分を簡単に省いて親しみを持たせている、世間の「キャラクター」とは一線を画す。

ありのままを愛するよ私は。人も、人以外も。

 

私は姿勢良く走ってるロボが見たくて見たくてたまらんかったのです。言うなれば恋。グーグルマップに晒された彼を見た時から、彼の事が忘れられなくて・・・。

念願叶って彼の上に乗ることができたので私は今日から既婚です。

(↑これ下ネタでは、ないです。 2025.11追記)

 

恵那峡ワンダーランドの魅力②:おばちゃんが作ってくれるソフトクリーム

恵那峡ワンダーランドには、いくつかのソフトクリーム売り場があるのですが、その酒類の豊富なこと。

私は歯磨き粉を愛しているので、当然チョコミントを購入しました。

売店のおばちゃんが「アイスがかたいねえ」と言いながらソフトクリームを巻き巻きしてくれます。

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い、愛し~~~~!!!!!!!

おばちゃんがとっても固いアイスをむりやりソフトに巻いてくれた事がいやというほど伝わります。総勢5名で行ったのですが、全員のアイス(愛す)が傾いていました。

 

完璧なソフトクリームはバエるし素敵だけれど、恵那峡ワンダーランドや人間のぬくもりを感じたいなら絶対にこちらが良い。私は人類で一番寂しがり屋なので、当然後者なわけです。

 

恵那峡ワンダーランドの魅力③:人があたたかすぎる

ありえないほど過疎ってるので、入園してまず最初に思うことは

「スタッフのおじさん多っ」

です。

おそらくシニアスタッフがとても多いと思うんですけど、客の5倍ぐらいスタッフがいる。しかも客はいないので暇なおじさん達は至る所で集会を行っています。

ゴルフの会場なのかな?

念のため申し上げておきますが、お仕事をサボっているわけではないですよ。

乗り物に近付いたら「乗る?」みたいな感じで近付いてきてくださります。やたら数が多く、客の数を遙かに上回った結果、井戸端会議しかする事がないだけで。

成人した男女が年甲斐もなくわいわいしているのに、

「ジェットコースターはメンテナンス中だから後で来た方が良いよ!」(聞いてない)

ですとか、

「写真はここから撮った方が上手く撮れる」

などのアドバイスをちょこちょこ挟んでくれるわけです。

あったけ~。

他にも色々。私は一日使えるフリーパスを使っていたのですが(いちいち金を払うのは面倒なのでフリーパスを推奨します)、

ジェットコースターに乗った時にまず言われたのは

「ほんじゃ、何周する?」

これ。

待っている客もいねえから無限にジェットコースターが周回できる。

なんとなく2周させてもらって、身体がバキバキになったので降りましたが

もう終わりなの?という顔をされました。

 

あったけ~。

 

極めつけは終園間際に観覧車に乗ったとき。

ふと舌を見下ろすと、なんということでしょうか。

5~6人ほどのおじさんたちが密集して、こちらに手を振ってくれている!!

こちらも大興奮ですよね。観覧車に乗ってて、下のスタッフ軍団から手を振って貰えた経験なんてありませんから。下にスタッフ軍団がいたこともないですけど。

あったけ~。

というか、そのぐらいお客さんがいません。

 あの過疎ってる感じも好きだけど、閉園したら困るのでもう少しお客さん来て欲しい。

 

 

おわりに

こんな感じで簡単に恵那峡ワンダーランドについて語って参りましたが、いかがでしょうか。正直何も知らずに行って欲しい気持ちもあるので、かなり要点を絞りましたが、あのワンダーランドが持つ「味」の部分が少しでも伝わっていたらと思います。

 

ついでに、さらに恵那峡を楽しむためのポイントをいくつか。

・フリーパスを使用する。(前述の通り)

・ワンダーランドに行く前に「銀の森」に寄る。

・怪しげな橋があったら渡る。

以上3点を胸に、皆さんもワンダーランドに訪れて貰えたらと思います。

 

それでは、最後にこの言葉でしめましょう。

ワンダー!ワンダー!

エナワンダー!

ロフト

 

ロフトっていいよね。人が高いところにのぼっていい気分になるのは愚かだなと思います。

 

友人がジモティー経由でロフトを手に入れたので、組み立てに行ってきました。

ロフトベッドなんだから当たり前なんだけど、部屋にパンパンで「バカか?」になってしまいます。

友人は仁王立ちで言いました。

「説明書はありません!」

バカ完。

 

バカは語呂がいいし、なんぼあってもいいですからね。

 

取引者の方も、説明書ないからとりあえず解体したとのこと。ジモティーは倫理観さえあれば使用okなので大丈夫です。

ネットで探したら元気なお爺ちゃんが組み立ててる動画を見つけたので愉快になれました。

その爺ちゃんの動画をたよりに、三人がかりで組み立てます。

爺ちゃん、軽々と組み立ててるけどゥチら(21)は押し潰されながらやってるょ。。。


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身体はってロフトベッドを支える友人。

服には「勇者」と書いてあります。たくましいです。

(なお、裏面にはレベル1と書いてありました)

固定されて、もうロフトが自立するのに頑張って支えてたから、そっとしておいてあげます。

 

なにはともあれ、40分ほどで完成。

元々友人の家には動物園並みにぬいぐるみが置いてあるので、それを上のベッドに置くだけでも一気に部屋がスッキリしました。素敵だ。こんなに友人宅の床が出ているのは初めてみた。

友人も、

「さいこー!引っ越しやめるー!」

とご満悦。

そしてやっぱり、

「見上げるだけの愚民よ……………」

言い始めたでこれ。

人間は愚か。